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神威がくぽ&鏡音レンオリジナル「逝言居情」

2011.02.10.Thu.02:15
おはこんばんちは、浮草です。
今回は、前回予告しましたとおり「逝言居情」の紹介です。



作詞作曲:浮草
編曲:ヶィ。(夜祭P)さん
VOCALOID:神威がくぽ・鏡音レン
調声:チューハイさん
イラスト:ニロさん



古代中国――三国時代が終わって、西晋のころの物語です。
私の尊敬する中国詩人の陸機・陸雲の贈答詩をもとに作詞いたしました。

今回の歌詞は、やや原詩から意訳して柔らかめになっていますが、
ヶィ。さんのオーケストラ風アレンジでぐっと引きしめられました。

調声のチューハイさんは、低音がくぽと高音レンの二段構えでの参戦です。
ラストのサビの二人のハーモニーは、是非ぜひご視聴いただきたいところ。

イラストは、ニロさんが描き下ろして下さいました。
古代中国の武官と文官をモデルにしながら、魅力的な表情を描き出してくださっています。


音楽DLはピアプロの作品ページよりどうぞ!
逝言居情
ヶィ。さんのページはこちら
ヶィ。さんのページ
チューハイさんのページはこちら
チューハイさんのページ
ニロさんのページはこちらから
ニロさんのページ



物語的にも楽しんでいただけたら幸いです。
追記から、原詩と訳です。
////

一番
◆原詩◆
贈弟士龍
       陸士衡

行矣怨路長 [叔心]焉傷別促
指途悲有余 臨觴歓不足
我若西流水 子爲東[足寺]岳
慷慨逝言感 徘徊居情育
安得携手倶 契闊成[馬非]服

[]は環境依存文字

◆書き下します◆

長き道を行くを恨み、[叔心]焉(てきえん)として
別れの促(すみ)やかなるを傷む。
道を指して悲しみは余り有り、盃に臨みて歓びは足らず。
我は西流の水の若(ごと)く、子は東[足寺](とうじ)の岳と為る。
慷慨(こうがい)して逝は言を感じ、徘徊して居は情を育す。
安(いづく)んぞ手を携えて倶にし、契闊にも[馬非]服を成すをえん。

◆訳します◆

「弟士龍に贈る」

 私はこれから己が長い旅路につくことを恨み、
 別れの時が速やかにやってくることを辛く思う。
 その道を指さし眺めては悲しみの余りあり、
 酒杯を掲げても別れのために喜びは足りぬ。

 私は西に流れる水の如く洛陽に去り、
 君は東に在って山のように、故郷にとどまる。
 私はおのれの不運を嘆きて感慨深く語り、
 君は屋敷をふらふらと歩きまわって慕情を育てる。

 どうして再びこの手をともに携えて、どんな艱難辛苦にあっても
 [馬非]服(ひふく)の馬の如くに、常に一緒にいられるものだろうか。


二番
◆原詩◆
答兄機
         陸士龍

悠遠塗可極 別促怨会長
迹思恋行邁 興言在臨觴
南津有絶済 北渚無河梁
神往同逝感 形留悲参商
衡軌若殊迹 牽牛非服箱



◆書き下します◆

「兄なる機に答う」

悠遠なるも塗(みち)は極むべし、
別れの促やかにして会うことの長きを恨む。
思いを迹(ふく)みて行邁(こうまい)を恋い、
興(た)ちて言(ここ)に觴を臨むに在り。
南津には絶済あるを、北渚には河梁なし。
神往きて逝感を同じくし、形留まりて参商を悲しむ。
衡軌もし迹(あと)を殊にせば、
牽牛の箱(くるま)に服(つ)くに非ざるがごとし。



◆訳します◆

悠遠なる道も、行き尽くすことはできるでしょう。
しかし、今は別れがさしせまり、
次にいつ会えるか分からなくなるのが恨めしい。
行き進まれる君を恋い慕う思いを抱きながら、
起ちあがって別れの盃に臨む。
私の帰る南の方には船渡し場はあるが、
君の行く北の渚には橋がない。
私の神(=心)は君について行き、
君と同じように感じることはできるが、
この体はここに留まり、まるで参商の星のようになってしまう。
馬車の横木とわだちは共にあるべきなのに、別れてしまうのなら、
牽牛というのは星の名にあるばかりで、
車を引くべき牛が車と離れてしまっているようなものでしょう。
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